2017年08月11日

ザッバリーン〜ごみ回収を仕事とする人々〜

 大カイロ都市圏で毎日1万5000トン以上のごみが出る。行政が処理できる量のごみではない。だから、カイロいやエジプト中ごみであふれている。あの世界遺産のギザの三大ピラミッド周辺でさえもペットボトルやお菓子の袋のごみが溢れている。外国人にとっては、「世界遺産なのに〜」とショックだ。

 エジプトでは、1940年代ころから民間人がごみを集めてごみの80パーセントをリサイクルしている。ごみ集めを家業としているコミュニティーがカイロ周辺に6つもあるそうだ。

 私の仕事柄、社会科見学のための下見に行くことが多い。そこで、エジプトのごみ事情を知るためにごみ集めを家業としているコミュニティーの1つのマンシェットナセルに行った。そこには、ユネスコのカイロ支局が支援して作った「少年のためのモカッタム・リサイクル学校があった。なぜ、少年だけなのか?なぜ、無償の公教育があるのに学校を作る必要があったのか?という疑問を持って出かけた。

 マンシェットナセルは、死者の町やモハメッドアリモスクなどがある古い町の方にある。高速道路からデコボコの細い入りくねった道に入ると道の両側は、カイロの町から集められたごみがうずたかく積み上げられている。毎日40度を超えるカイロでは、ごみの悪臭は、鼻を突き気持ちが悪くなってくる。

 やっと、学校に着いた。ビルディングの1階を改造し、寄付で買ったPCにテーブルといすがあるだけの質素な教室だった。説明してくれた方は、ドイツやアメリカなどのNGOなどと交流をもつため、英語を学んだそうだ。見学に行った時も英語で説明してくれた。

 ごみ回収は、夜中の12時ころから始まり、昼の12時ころまでカイロの町を回ってごみを集めるそうだ。集めるのは、男たちで、ごみを持ち帰ると女たちがそのごみを分別する。

公立の学校は、午前中だけ開いているので小さい時から働き始めるザッバリーンの少年たちは学校に行けない。読み書きができなければ、貧しさから脱出できない。だから、このリサイクル学校は朝の8時から夜の8時まで開いている。いつ来ても学べる環境を作っているのだそうだ。

 分別されたごみは、リサイクルに回される。プラスチックのごみは、細かく粉砕され中国に送られるそうだ。そのプラスチックが、ファイバー状になってまたエジプトにもたらされる。売った時より高いものになって。

 ここに住んでいる人々が、必死で生きているのが分かる。でも、エジプト政府の援助もうけられず、長く続く不況のために企業の援助も打ち切られ、にっちもさっちもいかない状態だという。エジプトには、こんな不条理なことが多すぎる。

 帰りながら、子どもたちにここから何を教えようか思い悩みながら帰った。

posted by エジプト日誌 at 00:01| Comment(0) | 日記

2017年06月19日

死の迎え方

 ラマダン(断食月間)もあと1週間程度で終わる。今年もやはりラマダン中に断食をして亡くなる方がいた。断食をしたから亡くなったのか持病があったから亡くなったのかそれは分からない。エジプト人に糖尿病や高血圧は多い。コーランには、病人は断食をしなくて良いとあるのにどうしてやるのかわからなかったが、最近はやらざるを得ない周りからの圧力やイスラム教徒としてのアイデンティティーのためだというのが分かってきた。
 「(断食)やらないんだ?」のこの一言でイスラム教徒は深く傷つく。断食は苦しい修行のようなもので、これに耐え抜くのは強い精神力を持った信仰心の篤いイスラム教徒の証だ。天国への扉も近くなる。
 ラマダン中に亡くなると「ハンドレラー(神様ありがとう)」と神聖な月に亡くなったことを喜ぶ。喜ぶというのは、語弊があるが少なくとも神聖な月に命が尽きるということはよいことなのだ。
 エジプトに来たばかりの時は、健康上問題があるのに断食をして亡くなったかもしれないのに「ハンドレラー」はおかしいと思っていた。しかし、自分が年を取ってくるにつれ、自分の信念のためにした行動で、あっさり死ぬのも悪くないかもしれないと思うようになった。イスラム教の人々は、亡くなってしまったら原因はあまり問題にしない。
「時が来たのだ。」と死を受け入れる。
posted by エジプト日誌 at 08:38| 日記

2017年06月03日

gender role 性役割

先週、買い物をするために息子の大学の近くに行った。息子が、まだ大学にいるなら車に乗せてもらって家に帰ろうと連絡を取った。しばらくして、息子が所定の場所に現れた。
 ドアを開けると同じサークルの女性が乗っていた。息子が「ついでに乗せてあげたんだよ」と言って女性を紹介してくれた。その女性を下した後、息子が、「彼女は、お母さんが、なんか言うんじゃないかとドキドキしてたんだよ。」と言った。つまり、婚約者でも親戚でもない女性が一人で男性の車に乗ることを中年女性は不謹慎と思うかもしれないと恐れたようだ。しかも彼女は、コプト教徒(エジプトのキリスト教徒)だったので、それも気になっていたようだ。
 イスラムの国々は、性役割がはっきりしている。コーランに、女性の服装から、結婚離婚の時の子供の親権や遺産相続までこと細かく書かれているので、それに従っていくと性役割がはっきりとした社会になる。子どもの親権は父親にあり、財産分与も男兄弟の取り分が多い。アラブは夫婦別姓だが、その理由は、子供は死ぬまで父親に属するので結婚しても名前が変わらないのだ。
 イスラム教が始まった時代は戦争が多く、自然が厳しい中東では、力の強い男性の保護なくして女子供は生きていけなかった。だから、男性に有利になっているのは、生活に窮している女性を助ける義務を負っているからなのだ。残念ながら現在は、そんな神のご意思が捻じ曲げられている場合が多い。科学や社会の進歩が、多くの性役割から女性を解放してくれたとエジプトに来て思った。
イスラム教徒である私の娘が「私の中には、いろいろな価値観が入っていて時々わからなくなる。」と話す。イスラム教の男性は、一神教徒(ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒)ならば誰でも結婚できるに対して、女性は、イスラム教徒しか結婚できない。同じ宗教に越したことがないというのは、私の経験上よくわかるが、女性の選択肢は狭い。
 日本に比べると英語やフランス語などの外国語を話せるエジプト人は多い。欧米の価値観は入ってきているが、社会は相変わらず古い性役割を押し付けてくる。イスラムの女性たちは、自分の世界を広げようとしたとき、イスラム社会の性役割との葛藤をしなくてはならない。
posted by エジプト日誌 at 08:35| 日記