2016年01月23日

テロをなくすためには 2016.01

 昨年も世界のあちこちでテロが起こった。パリで起こった同時多発テロでは、アメリカの同時多発テロを思い起こさせた。ニューヨークのワールドトレードセンターが攻撃されたとき、私たち家族はハドソン川をはさんでマンハッタンの反対側のニュージャージー州にいた。そこは、NYマンハッタンのベッドタウンでもあった。
 その日、小学校が終わる3時に息子を迎えに行くと、ほとんどの子どもは帰宅していた。先生に聞くと、半数以上は午前中のうちに親が迎えに来たそうだ。その帰り、スーパーによってみると水、トイレットペーパー、缶詰、乾電池など棚からすっかりなくなっていた。どの家にも、どの車にもアメリカの国旗が掲げられるようになった。私たちも身の安全から通りから見える家の窓や車の窓にアメリカ国旗を掲げた。そんなとき、日本人の友だちから電話があった。「近くのうちでアフガニスタンの国旗を掲げているんだけど、ほっておいていいのかなあ?」というものだった。アフガニスタンという国がこの地球上にあること自体知らないアメリカ人が、アフガニスタンの国旗を識別出来るわけがない。その友だちも、子どもの地図帳で調べたようだ。案の定、嫌がらせなどはなかったようだ。
 この後いろいろなことが起ったが、アメリカの行政の動きの速さに驚いた。テロ後の最初の金曜日にニュージャージー州の州知事の代理と州警察のトップが、テロリストが潜伏していたという街のモスクにやってきた。モスクに集まったイスラム教徒を前に、「イスラム教徒に対する嫌がらせを一件たりとも許さない。モスク周辺を24時間パトロールする。」と宣言した。その言葉は本当だった。パトカーが24時間のパトロールをし、嫌がらせは一件も起きなかった。
 テロをきっかけにキリスト教徒から「教会にきてイスラム教の話をしてほしい」という依頼が、モスクに多数寄せられた。イマーム(教会でいえば牧師のような人)が教会に行ってイスラム教の話を始めた。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のそれぞれの教義を理解しようとモスクで代表を招いて話し合いが行われた。残念ながらユダヤ教徒は、席を用意していたのに現れなかった。キリスト教徒とイスラム教徒がいっしょにモスクでテロで亡くなった方たちのために祈った。それは、ニュージャージーの地方紙にも載った。人々は憎しみ合うのではなく、理解をし合って解決しようとしていた。にもかかわらずアフガニスタンへの報復が始まった。
 あれから14年も経ったのに、事態は良くなるどころか悪くなるばかりだ。テロは益々拡散している。テロは武力で解決できない。憎しみだけが大きくなっている。 あのときをきっかけに宗教の相互理解を始められなかったのかと残念でならない。
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posted by エジプト日誌 at 12:08| 日記