2018年01月06日

義父の葬儀

12月初旬に義父が亡くなくなりました。カイロの北西350キロに位置するマルサマトロウワに葬儀のために行きました。義父は、77歳で風邪をこじらせて突然亡くなりました。

 夫のルーツは、マルサマトロウワのベドウィン(遊牧民)なのでベドウィン方式のイスラム教形式で葬儀が行われました。夫と義弟が喪主となり、 昼12時から夜12時まで 3日間弔問客を迎え、食事を振舞いました。そのために羊を4頭屠りました。3日間で1000人くらい訪れたそうです。 義父は、マトロウワの市長をしていたことや大きな部族出身なので1000人も集まったのでしょう。カイロやアレキサンドリアでの葬儀は普通、1日場所を借りコーランを流して、弔問客を受け入れるのが普通で食事は、出しません。

 葬儀の場所は、叔父の家を借りました。親戚のほとんどは、もう遊牧生活をしておらず、都市生活を送っていますが、叔父は、ベドウィンの女性と結婚し、冠婚葬祭などの行事はベドウィンの伝統を守っています。この叔父と兄弟なのに義父は、アレキサンドリア出身の義母と結婚し、普通の生活をしていたのが不思議でした。

 弔問客は、男女別々の部屋に分かれます。私は、女性の部屋にただただ座っているだけでしたが、義母は、女性弔問客の相手をずっとしていました。ベドウィンの女性たちは顔や手や足にタトゥーがあったり、カイロやアレキサンドリアとは違うベドウィンのアラビア語をしゃべったり、義母の苦労が少しわかりました。

 家族も知らなかったのですが、義父は、孤児たちに毎月お金を渡して助けていました。その孤児たちが、弔問に来てわかりました。定年退職するとき、孤児院を作ろうとしていましたが援助してくれる企業を失いその話は流れてしまいました。きっと、そこに入るはずだった子供たちを助けていたのでしょう。義父は口下手な人であまり話さなかったのが残念でした。

この葬儀で、イスラム教徒として最後にお世話になった人や貧しい人に食事を振舞え、義父は喜んでいるのではないかと思いました。


posted by エジプト日誌 at 04:55| Comment(0) | 日記